カテゴリー「映画・テレビ」の4件の記事

『2012』観てきました。

run昨日、今日のジョギングはお休み。

snow

今日は冬支度。タイヤ交換に行ってきました。
Photo
午後イチの予約で、タイヤ交換のお客さんは4組。小1時間待たされました。
ロゴ入りカップ&ソーサーの色がいい感じ。

movie

ディーラーをあとにして、シネコンへ。

途中、ご近所の焼き鳥屋さん(←大好きなのです)がショッピングモールに出店したので、ご祝儀がわり?にランチ。
Ca3c0169 炭火焼のチキンが美味でしたー。

『2012』(ローランド・エメリッヒ監督)。
相方がいわゆるディザスター・ムービーが大好きで、話題作は欠かしません。
配給会社の戦略にのっております、やすやすと。

これからご覧になる方もたくさんいらっしゃると思うので、詳細は省きますが(当たり前ですよね~)、娯楽作としてはなかなか楽しめました。
「つっこみ」どころの多さも含めて!

子役の女の子(役の設定では7歳)がパニック状態にあっても、『宇宙戦争』のダコタ・ファニングみたいに騒がなかったのがよかった。
そして、21世紀版“ノアの方舟”は、一人当たり10億ユーロ。すげー。
そしてそして、地球滅亡の理由が…グローバルウォーミングじゃないんですよねー。
むむwobbly これ以上はやめなくては。

厭世家ではないですが、滅亡の日がやってきたら、あがかずにいさぎよく、地球とともに滅ぼう、と思った初冬の宵でした。

|

後味の悪い話。

久々に後味の悪い映画を観る。

『嫌われ松子の一生』。脚本・監督:中島哲也、主演:中谷美紀。

確か公開の年は、映画各賞を総ナメだった記憶があるんだけど、私としてはこの作品が何を伝えたかったのかまったくもってわからなかった。あえて拾いどころを見つけるとすれば、ソープランドのマネージャー役の谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ)が「いかにも」なんだけど、現実にはいなさそうな感じでよかったことと、BONNIE PINKの『LOVE IS BUBBLE 』がかっちょよかったこと、かな。甥っ子の出現によって、転落し続けた松子の魂は救われたわけ? 極彩色の映像効果やミュージカル仕立てはキライじゃないけど、内容がアレなだけにエンターテインメントとして楽しめん。

とにかく主人公の松子が、付き合う男から殴られる。

私は、理由はなんであれ自分より弱い者を暴力によって圧することは世の中で最低の行為だと思っていて、ゆえに庇護されるべき存在としての「おんな子ども」という表現は不当ではないと感じているほどだ。

ちょいと前のお話。 仕事上つながりのあった女性から、彼氏の酒癖が悪く、暴力をふるわれる…という話を打ち明けられた。私はもろちん付き合いを考え直したほうがいいと力説したんだけど、プチ逆ギレされ、「だって!! 酔ってないときはすんごくやさしいんですよーheart02」、「精神的に弱いところがあって、私が支えなくてはだめなんです」と、瞳に星を浮かべて言うのであった。それはよく書物などにあるDV(ドメスティック・バイオレンス)の事例とぴったりで、私は軽く鳥肌がたったのだけれど、煮え湯をのまされたあとの「甘い蜜」を知ってしまったら、そのスパイラルから抜けられないのだろう。その女性は、本業以外にも夜はスナックでも働いていて、彼氏を養っているようだった。遅刻や無断欠勤が増え、しばらくして会社は辞めてしまい、連絡がとれなくなった。後悔の残る出来事。

一方、こちらも仕事仲間の男性とお酒を飲んでいたら、「ウチのヤツ(奥さん)が聞き分けなかったら、バシッと手が出ちゃうもんなー」と“これはオレさまの愛情表現”的に話をしていて、私は驚きのあまりショートカクテルを一気飲み。その人は、男女の隔てなく、能力と適性によって仕事に登用することで評価されていたから、社会的存在でなくなったとき、つまり私的人間としての振る舞いに、心底、落胆させられ、同時に恐怖を禁じえなかったのだ。(まっ、夫婦間のプレイであれば、いいんですけどね)

得意のうろ覚えなんだけど、確か3人に1人の女性が配偶者から何らかの暴力を受けているというデータがあったはず。また、男性側も(数値は忘れたけど、20%弱ぐらい?)奥さんから暴力を受けている(「甲斐性なし!」などの暴言を含む)そうだ。

何をもって暴力とするのか(主観と客観の径庭)、教育的体罰の是々非々(昔は至極普通のことだった、私も体育教師に竹刀でお尻をたたかれた)があるだろうけど、加害者は自分が持ちうる力に「自覚的」になることから始まるのではないかと思う。ハラスメントのほとんどは、この自己の力の間違った使い方に起因する。そして、被害者は、暴力の鎖から逃げること。このあたりは『思いわずらうことなく愉しく生きよ』江國香織・著にも出てくるし。

暴力でもっとも罪深く許されないのは、子どもへの虐待。『ファミリー・ポートレート』(桜庭 一樹・著)読了。子どもの柔肌に爪をたてる母親の残像が…。酒が苦いぜ。

| | コメント (10)

私、ドリーミング・ガール。

ほんとに不謹慎なことなのだけれど。

ジェニファー・ハドソンの不幸な事件を受けて、思い出したように『ドリームガールズ』のサントラ版を聴いています。

この映画は、途中、ビヨンセのPVみたいになっちゃうところを除けば、脇に甘んじたエディ・マーフィーといい、女たらしぶりがステキだったジェイミー・フォックスといい、娯楽モノとして文句なしに楽しました。中でも、“アメリカン・アイドル”上がりのジェニファー・ハドソンの歌唱が素晴らしく、愛情の冷め切った男に向かって歌い上げる♪And I Am Telling You I'm Not Going♪では、思わず涙を流してしまったほど。「No, no, no, no way I'm livin' without you.」「And you, and you, you're gonna love me.」

でも、いっちゃった心は、戻ってこないんですよね。むーん。

ジェニファー・ハドソンは事件を前後して、待望のニューアルバムを出しました。プロモのために来日する予定だったようですが、もちろんキャンセルに。私は未聴ですが、彼女の実力が十二分に発揮されたものとはいえないという評判です。潜在力は、まだまだ眠っているようです。どうかショックから立ち上がって、そのパワフルな歌唱力で私たちを楽しませてほしいものです。

******

先日、自動車道を走っていましたら、ラジオからフランク・シナクラの♪マイ・ウェイ♪が流れてきました。この時期の東北の自動車道の風景というのは、刈り終えた田んぼとか、風に揺れるススキとか、とかく無駄に郷愁を誘うものなのですが(私の頭のなかでは♪赤とんぼ、がリフレインしています)、そのドメスティックな情景に、なぜか「マイ・ウェイ」がどんぴしゃり。ショービズ界をのしあがってきたシナトラは、黒い噂が絶えませんでしたけど、歌声を聴いていると「And more, much more I did it my way」というよりは、諦念のようなものかシミシミと伝わってきます。

さて、私は「まだまだ夏の季節を生きているぜ!」とイキがってみせるものの、社会的には「秋」の振る舞いを期待されたりします(オトナなんだし、とかさ)。回避したいわけではありませんが、いつまでもすがっていられない、輝きの季節。そう、あの日は帰らない。

カラオケで切々と「マイ・ウェイ」を唄うおじさんを笑えませんね。

| | コメント (2)

映画『ブーリン家の姉妹』

最近、映画館ともちょっとご無沙汰。いかん、いかん。

“白鳩”ジョン・ウーの『レッドクリフ』はそのうち観にいくとして、まずは『ブーリン家の姉妹』(監督:ジャスティン・チャドウィック)を観賞。ナタリー・ポートマン、スカーレット・ヨハンソン(以下、スカジョ)の姉妹が、エリック・バナ演じるところのヘンリー8世の寵愛をめぐって繰り広げる愛憎劇を描いています。

Photo158309_2 (←ちょっと拝借。すみません)

スカジョは、なんとはなしに気になる女優さん。真っ白い肌と豊満な肢体、ぽってりとした唇は、『マッチ・ポイント』(監督ウディ・アレン)で、クリス(ジョナサン・リース・マイヤーズ)を誘惑するアメリカ女の役どころにぴったりでしたけど、今回の16世紀イングランドの装束を身にまとったスカジョは、はからずも周りの空気を2度は上昇させてしまうような“温度”(あつつぅ~)がありました。17世紀のオランダを舞台とした『真珠の耳飾りの少女』(監督ピーター・ウェーバー)では、そんな印象はなく、静謐な光(フェルメールの光の質感といったら!)にふさわしい線の細さがあったように思います。あれから5年、スカジョも女性として成熟したということなのでしょうか。ダイエットをしない女優としても有名ですし(素晴らしい!)。

さて、姉のアン・ブーリンとヘンリー8世との結婚は、カトリック教会からの離脱という意味で、イングランドの歴史を変えたといわれています。

「美しい娘が一族繁栄の道具」として易々とつかわれるところは、女性が生きる上での戦略や方法を持たなかった時代、政略結婚が当たり前の時代のことだし、と思いつつも、今でも女性の「美」は生存を有利にするための(ひじょうに効果的な)道具なのだし、と感じ入ったり。むーん。

権力者の寵愛を受け続けることの難しさ…ではなくて、不可能さについては、1000年以上前の『源氏物語』で語られ尽くしていますね。

教会の祈祷所(みたいなところで)、ヘンリー王の欲望ムラムラの視線を集めたアンのうなじと、断首台のうえでネックレスをはずしたうなじ。同じうなじなのに、置かれている状況は、千里の径庭があります。史実によると、アンは当時の美人の基準からははずれていたようですが、フランス仕込みの手練手管を駆使し、王の心をコントロールし、妃にのぼりつめました。でも、運命まではコントロールできなかった、まさに禍福はあざなえる縄のごとし。くわばらwobbly

帰宅後、まさに続編ともいえる「エリザベス」(監督シェカール・カブール)を観賞。いつぞやBS朝日で放映されたようで、ディスクに録画されていました。ラッキ。ケイト・ブランシェットの演技は、安心して観ていられます。

秋。読書もいいけど、映画もね。

| | コメント (2)