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行くぜ! 『コルテオ仙台公演』

run今日のジョグはお休み。

なかなか速くも長くも走れるようにならないけれど、倦まずたゆまず、とにかく生活の一部として続けていきたいな~と思うこのごろ。運動音痴の私にとって、身体性の基本的なところを問われる行為なのですcoldsweats01 走るということは。

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『コルテオ』が来年春、仙台にやってきます。
シルク・ド・ソレイユの鑑賞は、2007年の『ドラリオン』以来。
早速、チケットを手配しました。

Photo_5 SS席で~すwink

公演日は、5月半ば。半年後です。
姪っ子を連れて行きます。彼女にはいろんなこと/ものを見せてあげたいな。

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聴講券届きました。

run今日のジョグ
いつものコース 5.2km  34'38″ 06'39″/km

1km5分台で走れる日はくるのだろうか……

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先月、申し込みをしていた講演会の聴講券が届きました。
090926_201601 ちなみにジェルネイルは秋の新色ですshine

申し込みに必要な項目~住所・氏名なんかと並んで「伊集院静さんへの質問」がありました。以前、読んだ本『たまりませんな』(伊集院静、西原理恵子/角川文庫)のなかに

『杜の都』って言えば聞こえはいいかもしれないが、杜と言うか、木ばっかりの土地ってことなんじゃないか。それに言葉も訛っていてよく理解できないし、海外に居るみたいな気分になってしまう。

とあって、「今はもう(言葉に)慣れましたか?」と書こうかと思ったんだけだと、“状況”がかわっているかもしれないし…ということでやめました(笑)。

しかし、伊集院静さんほど、人物としての“揺れ”が激しい人はいませんよね。ま、人ってそもそも一義的な存在ではないだろうし。
人様の言動や生き様に、あまり驚いてはいけない、という見本のような方です。

講演が楽しみ。

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レオナール・フジタ展

先週、友人に誘っていただき、『レオナール・フジタ展』に行ってきました。平日でしたが、なかなか盛況でした。年齢層は比較的高かったように思います。

090515_144502_2 レオナール・フジタとは藤田嗣治の洗礼名。尊敬してやまないレオナルド・ダ・ヴィンチからとったものとか。

さてさて、エコール・ド・パリの寵児として知られる藤田の成功は、師である黒田清輝の教えを棄てることに始まったとされています。最近、“平成の徒弟制度”を考えさせられることもあり、感じ入ってしまいました。ここで書き出すと長くなるのて割愛します。

加えて藤田の場合は、渡仏後すぐの困窮した時期、パトロンとなってくれた薩摩治郎八(バロン薩摩よ!)の存在も大きかったことでしょう。とてつもないお金持ちです。わーぉlovely

最大の見どころは、「争闘」の連作2点(日本初公開)でしたが、私としては再現されたアトリエ…という「背景」に心惹かれました。“すばらしき乳白色”は、たしかに素晴らしいものでしたが。

ここ半年で最も印象に残っているゲージュツ作品は、なんと言っても草間彌生ちゃまのものですね。一度みたら、忘れられません。観た印象の記憶が薄れるのではなく、増殖する感じです。さすが。

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パソコン2台にメモリを交換・増設しました。信じられないほど働き者になりました。

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姪っ子の晴れ舞台

下っ腹に力を入れなければならない仕事をいただき、張り切っているみもよです。

気分を上げるために、ネイルサロンに行き、盛ってきました。グラデをしてストーンを置いたら、イメージしていたものより派手になってしまい…。キーボードを打つ指をみている分には楽しいですが、シリアスな打ち合わせにはそぐわない気も。

このネイルアートは、私に「変節」という言葉を強く思い起こさせます。アートなるものが登場したころは、「なに、あのポンチな爪は!」と、にがにがしく思っていたものですが、最近では「華やぎ」と「このぐらいならオフィスでOK」の境界線のネイルアートを積極的に楽しんでいます。

ともあれ、

「その指でオレのメシつくるのか(怒)」などと言わない相方によって、この趣味は支えられています。(結構、面白がってくれています)。

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日曜日は、姪っ子のピアノの発表会でした。

今回は、仙台フィルからヴァイオリン、ヴイオラ、チェロ、コントラバスの奏者が特別参加。プログラムの第一部では、上級生の生徒とのピアノ五重奏の共演(シューベルト『鱒』)がありました。これには教室側から姪っ子にも「いかがですか」と勧誘があったようなのですが、けっこうな参加費が別に必要、と聞いて、妹はお断りしたのだとか。ふむ。

081207_151002 ピアノはSteinway & Sons。子どもたちの緊張しまくりのミスタッチに耐えています。

ピンクのシルクシャンタンのワンピースを着た姪っ子は、ソロで『クシコスポスト(ネッケ)』、連弾で『ノルウェー舞曲(グリーグ)』を堂々演奏。

どこかの野球選手のように「練習をしない」ことを旨としている彼女ですが、それにしては上手。高学年になって、グンと成長したように思います。惚れ惚れです。ステージ上に立っている姿は、なんだか神々しく、輝いてみえます。いつものおてんばな姪っ子とは違うなぁ。好もしいこと、この上ないです。

そしてそして、私が毎年、ウォッチしているセレブ一家も発見。お嬢さんは、シンプルなロングドレスにファーのボレロといった、もう、あたりの参加者とは一線を画するモードな装いで登場。髪と手足がすばらしく長く、ご両親の「こうなってほしい」という強い強い願いを全身で受け止めて、成長した感じ。理想の娘像の具現化成功例といったところでしょうか。ご両親の描写は割愛しますが、映画や漫画から出てきたようなファミリーで、田舎の町では、さぞかし目立っていることと思います。来年も、お会いできることを願って。

最後の挨拶で、先生が「食には、体の栄養となるものと、心の糧となるものがある。音楽は後者であり、心を育むもの」というお話がありました。まったくもってそうですね。音楽は、“このろくでもない人生”を底支えして、時に待避所になってくれるものです。大いに愉しみましょう。

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「せんくら」レポ_1

杜の都として知られる仙台は、近年、「楽都」への戦略を強めておりまして、年々その規模を大きくする「定禅寺ストリートジャズフェスティバル in SENDAI」をはじめ、「とっておきの音楽祭」「スターライト・エクスプロージョン」「みちのくYOSAKOIまつり」「仙台ゴスペル・フェスティバル」などなど(他にもロックフェスや企業主催の催しがあります)、一年を通じて、さまざまな音楽イベントが開催されます。

一昨年から始まった「仙台クラシックフェスティバル(せんくら)」は、体育の日を含む連休3日間に開催されるクラシック音楽主体の音楽祭で、地下鉄沿線の4ヶ所10会場で、3日間に延べ101のコンサートやワークショップ、朗読会が開催されるのです。

1公演あたり45分、前売り1000円均一! まさに「安・近・短」で、ちょっと敷居の高い(というイメージのある)クラシックを楽しんでもらおうというものです。

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青年文化センター会場

私、実は和太鼓が好きなんだー、という話を妹にしましたら「え、えーーっsign02」と驚かれましたが、なにせ前世が縄文人なので、モノを叩いたり、火のまわりを踊ったり、という音楽的精神性がちゃんと身についております。

土曜日に聴きに(観に?)行ったのは、林英哲さんの和太鼓ワークショップ。林英哲さんは 「鬼太鼓座」「鼓童」の創設メンバーで、今はソロとして、国内外で活躍中。今回は、お弟子の上田秀一郎さん、田代誠さんもお連れです。

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開演前。小学校の体育館のように写ってしまって失敗。

まず、登場した3人のストイシズムの権化のような身体に「ほー」っとやられました。「へこんだハラ」などは久しく目にしていないもの。あたりをはらうような静謐な姿は、開演前にきっと瞑想をしていたに違いないっ、と思わせるほどで、無駄な動きひとつありません。

そして激しい演奏のあと、息ひとつあがっていないことにも驚き。林さんは、ごく自然体でバチをマイクに替え、MCに突入。和太鼓がどれだけ海外で評価され(日本では冷遇…とまではいかないど、イマイチの扱いに甘んじさせられている)、和太鼓文化がいかに欧米の(とりわけ)知的層に受け入れられているか…について熱弁をふるわれました。ほか、歴史的考察や地域による形の違いなどは、とても興味深かったです。

3人での競演(打?)は、素晴らしかった。和太鼓のリズムは、幼い頃から祭囃子などを聴くうちに身につけるもので、外国人はなかなかリズムがとれない。逆に日本人は、アフリカの音楽にのれない…「優劣では決してなくて、(育った音楽文化が)違うだけ」と林さんはおっしゃっていました。

若衆は、祭りでよく見かける腹掛を付けていて、見本のように筋肉ののった、それはそれは美しい背中を見せ付けていました。ドドンと勇壮な音といい、キビキビっとした所作といい、「やっぱり祭りに映えるのは漢(オトコ)だよねー」と再確認。

chickさてさて。金とオンナにめっぽうだらしない男と結婚してしまった女。「別れる、あんなヤツとは絶対絶対、別れてやるっ!!」と何年も息巻いているものの、離婚する気配はなし。いつも祭りが終わると元の鞘。「だって、祭りのときのあの人は、すんごくかっこよくて、惚れなおしちゃう。別れるなんてできないわ」と言ったとかいう、話を思い出しました。ふむふむ。

鍛え上げられた上腕を拝めただけでも、ありがたや~。

しかし、「せんくら」には、nana(仮)を驚かす、まだまだ深い世界があったのである…つづく。

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