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2009年4月の7件の記事

近況つれづれ。

世にも小心者の私が、心底恐れているものに「宮城県沖地震の発生」と「新型インフルエンザのパンデミック」があるということは、何度か書いてきましたけれど、いよいよ後者が現実のものとなりそうな気配です。そもそもの発生源(宿主)や毒性、国による死亡率の差(貧困、あるいは医療制度の違い?)など、まだ未特定・未解明の部分が多いようですが、ここはひとつ、人類の科学的英知でクールに乗り越えていきたいものです。私は、豚肉に十分火を通すぐらいの働きしかできませんが、専門家の方々! よろしくお願いします、ほんと。

それにしても、「鳥」ばかりマークされていたのに、「豚」とは思わぬ伏兵ですね。むむ。

chick

先週末、F嬢にお誘いいただきサイレントコメディ『が~まるちょば』のライブに行ってきました。すんごくおもしろかった!! ファンになりました。もう「感動」といってもいいほどです。ベタベタな表現をすれば、笑いあり、悲哀あり、涙あり。身体表現の豊かさに驚きました。飛び散る汗にもひそむプロの芸。ひじょうにスレンダーなお二人ですが、あのハードさでは太るヒマもないでしょう。海外での評価も高いそうで、そうなるとジェスチャー(たとえばお金のオッケーサインとか)ひとつとっても、国ごとにアレンジしなくてはならないよね…などということを、終演後、ビール片手に語り合いました。F嬢のほんわかトークに癒され、杯を重ねた、とっても楽しかった宵でした。

run

昨日は、妹ファミリーと「楽天×日本ハム」の観戦に。陽射しが強く、ビールで喉を潤しながらの応援でした。これがいいんだな~。

マー君がふんばり、野村監督に1500勝のウィニングボールをプレゼント。テレビニュースで監督曰く「優勝でもウィニングボールをもらうけど、塩味と醤油味ぐらい、味が違うね」とのこと。「オレは醤油味が好きだけど」。…ということは??

マー君のしょっぱいボールにひゃっほー。

090429_160101_2←こちらは7回の応援タイム。

来月は両親と広島戦を観にいく予定。父は「ひろしま?」と対戦カードが不服のようですが、巨人戦はとれなかった。許せ、父よ。

来月5日にはスポ少の「軟式野球交流大会」の開会式で、な、なんと、甥っ子ふたりがKスタのグラウンドで入場行進するのです(ちなみに補欠)。すごいなー、おばちゃん、びっくりだよ。これでボール拾いの修行が報われるっ!

smile

ともあれゴールデンウィーク。

「どこも混んじゃって」とお嘆きの貴兄も多いようですが、 こればかりは致し方ないですよね。私は家の用事で、1000円高速を利用しなければならないのですが、渋滞覚悟で。

みなさまもよい休日を!

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雑感雑記。

先週金曜日のこと。飲み会参加の予定だった友人が連絡もなく顔も見せず、どうしたのかな、と思っていたら、肋骨を折って、その日手術していたとのこと。ひぇぇ~、こういうドラマみたいなタイミングってあるんですね。Mさん、お大事に。

二次会は家の近くの焼き鳥屋さんに移動。ここは、ひそかに「(当社の)福利厚生施設」と名づけているお気に入りの場所。火入れをしていない日本酒(炭酸様の刺激アリ)などをたっぷりいただき、上機嫌で帰宅。テレビをつけたら、ちょうど『10min.ボックス』(NHK教育)でアルコールの害などを啓蒙中。「肝硬変」で壊死した肝臓ではなく、プリプリとした健康な肝臓の画をイメージしつつ就寝。

wobbly

昨日、散歩の途中で「小腹がすいた」となり、イタリアン系ファミレスでピザとグラスワインの“おやつ”。席の近くに、親子3人連れがいて、和やかに食事をしていた様子だったけれど、帰りしな、小学2年ぐらいの男の子が「おとうさん、今日は家に帰ってくるの? ねぇ、家に来るの?」と訴えていた。「単身赴任中なのね、ボクさみしいねー」と心で語りかけていたら、おかあさんが「おとうさんもいろいろと事情があるんだからっ!」と冷たく言い放っていて、他人の家の押入れにひそむ秘密を垣間見たキブン。口に含んだ赤ワインのタンニンが一気に増えた心地がしたことであるよ。

chick

先週、さまざまな分野のプロの仕事人を紹介する番組で、「(患者さんから)ありがとうと感謝されなければ、一時でも外科医を続けられない」と出演者が話していた。確かに金銭には代替不可能な仕事の意義とやりがいを示しているのだけれど、妙にその言葉がひっかかった。

人は、誰にも見向きもされず、評価もされず、感謝もされない仕事(或いは奉仕)を、倦まずたゆまず、くさらず続けることができるのかな、というギモン。コミュニケーションが存在しないなかでの継続は、かなり困難を伴うものなのではないかと思う一方で、あ、「自己対話」というものもあったな、と以前読んだコミュニケーション学の文献を思い出したり、人によっては「神の目」というものもあるのだろうと考え直したり。

note

神といえば。『Britains Got Talent』のSusan Boyleが、すごいことになっていますね。興味のある方はこちらをどうぞ。

同番組は、数年前のポール・ポッツが思い出されますが(私はあまり好きではなかった)、彼女の歌声は文字通り「ギフト」。どうか、ダイエットなどせず、太い眉を整えずに、多くの人にその美しい声を聞かせてほしいと思います。そして、愛する人とめぐりあえますように。少々いじわるな付記をすれば、スーザンは「交際経験がない47歳、独身、現在無職」。

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本読み備忘録

9日の日記のなかで、やなせたかしさんのポエム(詩、というよりはこっちが気分)のことをエントリーしたのだけれど、友人が「ウチにもあるよ」と写真を送ってくれました。U嬢、ありがとう。

090416_115042そうそう、これこれ。イラストもコレです。懐かしい!

どのようないきさつで、このイラスト+ポエムの素材が商業的に出回ったのでしょうか。この時期、つまりサンリオ系キャラクターブーム前夜の市場って、陽だまりの猫みたいにほのぼのしていますよね。私の中では、そのぬるさは「幸福駅行き」の切符人気と重なっているのですが、なにぶんにも生まれていない頃の話なので(←コラコラ!!)わかりません。

chick

誰も笑えぬ冗談のあとは、本読みリストを備忘録的に。

■『切羽へ』 井上荒野・著 新潮社

荒野(あれの)は確か本名だったような。父君は“全身小説家”の井上光晴。

この作品を読んでいて頭に浮かんだのが、細長い風船でめいぐるみを作る情景。パフォーマーの無造作な手つきとキュッキュッと鳴る風船に「破裂するぅぅ」と思わせられるものの、結局は、ちゃんとプードルなんかができてしまう…『切羽へ』も、セイと石和はどうにかなっちゃうの? と思わせられながら、結局は、穏やかな海に希望の朝陽があがる~(ネタバレ回避の比喩です)みたいな。でも、新潮社の書籍紹介文を読んだら『やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく』とあって、「えっ? 向かったっけ? いつ?」と驚いているみもよ。これは誰かとレビューを交換せねば。

■『魂萌え!』 桐野夏生・著 毎日新聞社

これはショックでした。

何がショックって、半分以上読んだところで、だいぶ前に読了していたことに気付き…。桐野作品は、いい意味で「顔文一致」ではないところが好き。美人が書くエログロ萌え~。

■『にょっ記』 穂村 弘・著 文春文庫

かなり話題になった本ですよね。含羞あふれるおかしみ満載。スタバで読んでいて、思わずカフェミストを吹き出してしまいました。しばらく鼻が痛かったのは、それなりに「制御」しようとしたからでしょう。恥。

■『ダブル・ファンタジー』 村山由佳・著 文藝春秋

ジョンとヨーコのアルバムにも同名タイトルありました。村山由佳さんの著作は、大学生君が年上の女性に恋する、そして死にオチ…という筋のライトノベルのような小説以来。田舎暮らしのライフスタイルはたびたび女性誌にもとりあげられていましたが、こーゆー濃ゆぃ小説をお書きだったのね。強い「業」を持った人は、それに焼き尽くされないように、自らを御して/飼いならして、いかなくてはならないのだ、という教訓を得ました。主人公の女性は、ちゃんと「孤独」を選ぶ落とし前をつけていてよかった。

現在、手元にあるのは、

■『目白雑録(ひびのあれこれ)3』 金井美恵子・著 朝日新聞出版

自分の無知無能さを知るためには、金井作品を読むのが一番、なんだけど、圧倒されちゃって。こちらは、いずれ。

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後味の悪い話。

久々に後味の悪い映画を観る。

『嫌われ松子の一生』。脚本・監督:中島哲也、主演:中谷美紀。

確か公開の年は、映画各賞を総ナメだった記憶があるんだけど、私としてはこの作品が何を伝えたかったのかまったくもってわからなかった。あえて拾いどころを見つけるとすれば、ソープランドのマネージャー役の谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ)が「いかにも」なんだけど、現実にはいなさそうな感じでよかったことと、BONNIE PINKの『LOVE IS BUBBLE 』がかっちょよかったこと、かな。甥っ子の出現によって、転落し続けた松子の魂は救われたわけ? 極彩色の映像効果やミュージカル仕立てはキライじゃないけど、内容がアレなだけにエンターテインメントとして楽しめん。

とにかく主人公の松子が、付き合う男から殴られる。

私は、理由はなんであれ自分より弱い者を暴力によって圧することは世の中で最低の行為だと思っていて、ゆえに庇護されるべき存在としての「おんな子ども」という表現は不当ではないと感じているほどだ。

ちょいと前のお話。 仕事上つながりのあった女性から、彼氏の酒癖が悪く、暴力をふるわれる…という話を打ち明けられた。私はもろちん付き合いを考え直したほうがいいと力説したんだけど、プチ逆ギレされ、「だって!! 酔ってないときはすんごくやさしいんですよーheart02」、「精神的に弱いところがあって、私が支えなくてはだめなんです」と、瞳に星を浮かべて言うのであった。それはよく書物などにあるDV(ドメスティック・バイオレンス)の事例とぴったりで、私は軽く鳥肌がたったのだけれど、煮え湯をのまされたあとの「甘い蜜」を知ってしまったら、そのスパイラルから抜けられないのだろう。その女性は、本業以外にも夜はスナックでも働いていて、彼氏を養っているようだった。遅刻や無断欠勤が増え、しばらくして会社は辞めてしまい、連絡がとれなくなった。後悔の残る出来事。

一方、こちらも仕事仲間の男性とお酒を飲んでいたら、「ウチのヤツ(奥さん)が聞き分けなかったら、バシッと手が出ちゃうもんなー」と“これはオレさまの愛情表現”的に話をしていて、私は驚きのあまりショートカクテルを一気飲み。その人は、男女の隔てなく、能力と適性によって仕事に登用することで評価されていたから、社会的存在でなくなったとき、つまり私的人間としての振る舞いに、心底、落胆させられ、同時に恐怖を禁じえなかったのだ。(まっ、夫婦間のプレイであれば、いいんですけどね)

得意のうろ覚えなんだけど、確か3人に1人の女性が配偶者から何らかの暴力を受けているというデータがあったはず。また、男性側も(数値は忘れたけど、20%弱ぐらい?)奥さんから暴力を受けている(「甲斐性なし!」などの暴言を含む)そうだ。

何をもって暴力とするのか(主観と客観の径庭)、教育的体罰の是々非々(昔は至極普通のことだった、私も体育教師に竹刀でお尻をたたかれた)があるだろうけど、加害者は自分が持ちうる力に「自覚的」になることから始まるのではないかと思う。ハラスメントのほとんどは、この自己の力の間違った使い方に起因する。そして、被害者は、暴力の鎖から逃げること。このあたりは『思いわずらうことなく愉しく生きよ』江國香織・著にも出てくるし。

暴力でもっとも罪深く許されないのは、子どもへの虐待。『ファミリー・ポートレート』(桜庭 一樹・著)読了。子どもの柔肌に爪をたてる母親の残像が…。酒が苦いぜ。

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桜花、追うか。

先週の土曜日、白石川堤の「一目千本桜」を観に行ってきました。

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写真ではスケール感がまったく伝わりませんが、白石川を臨む堤8キロにわたって約1,100本の桜が咲き誇っています。パンフレットによるとその3分の1以上は樹齢80年を超える古木だそうで、大正年間、東京で一旗揚げて成功した大河原町出身の事業家が、ふるさとを桜の名所にせんと、たびたび植木職人を伴って帰郷しては、苗木を植えたのだそう。さしずめ「ふるさと納税」のようですが、心意気が粋ではありませんか! また、病害虫予防などのメンテナンスは、柴田農林高校が担っているそうで、町を挙げて慈しみ、大切に守り継いでいることが伝わってきます。

桜は、ソメイヨシノ。オオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種で、江戸時代後期に(東京)染井村の植木屋から広められた…というのは、この時期、頻出する「天気予報」のコネタですが、白ともピンクともつかぬ淡々しさは、何本も連なって咲く群生にぴったりだと思うのですが、いかがでしょう。これ以上、濃い桃色では、妙に心拍数が上がりそうだし、白では春の華やぎに欠けるし…。押しと引きが絶妙で、まったくもって日本人の美意識にかなう花です。

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そして、いつも思うのですが、美しい花に比して、桜の幹・枝は決してきれいなものではありませんよね。うねうねと節くれだった姿は、情念とか執念、怨念といった「念」系を思わせます。桜のあまりの神々しさに“屍体が埋まってゐる”と書いたのは梶井基次郎ですが、世知に長ける?おばさんとしては「腹黒い美女」を連想して楽しんでいます。

江戸庶民の最大の娯楽「お花見」では、新調した着物をまとい、女たちは妍を競ったのだといいます。新しいコートにイカポッポのタレを付けてしまい(泣)、「マッキントッシュを買わなくてほんとによかった」と胸をなでおろした、花よりダンゴ、ビールがうまいぜ! のみもよなのでした。

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夢を語るなかれ。

090409_154202 昨日、お散歩コースに新しくオープンしていたカフェ発見。早速、偵察。「ずんだシフォンケーキ」とコーヒーをいただく。…と、写真がいつの間にか日付け表示になっててショック。カメラ機能重視で機種変してから2カ月以上経つのに、イマイチ使いこなせていない携帯カメラ。猫に小判。同様の意味を持つことわざに「豚に真珠」がありますが、これはキライな言い回しなので、遣いません。

真珠は、東洋人の肌をもっとも美しく見せてくれる装飾品~鉱物ではないから宝石とはいえないのよね~といわれています。私はおばあちゃんになったら、仕立ての良い白いシャツに、巻が厚く完璧な照りを持つ真珠のネックレス、それに重ねて大粒エメラルドのペンダントを合わせるのが。髪が銀髪だったら言うことなしなんだけどな、マダーム。

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さて、上記で遣った「夢」。私はつねづね夢という言葉に、言いようのない違和感を持ってきました。“言いようのない”と形容すると、ジャンジャンと話がそこで終わってしまうので換言すれば、明らかに漢字の読み違えをしている人に、『違うってば!』と指摘できないような、また、頭の上にメガネを載せて、そのメガネを探している人に『見方を変えたほうがいいよ』と助言できないような、もどかしさと歯がゆさです。

同様の感懐は土屋アンナ嬢も持っていたらしく、いつぞやラジオのトーク番組で「夢は何ですか?」と訊かれ、「うぅーん、夢ってちょっと違うかな。おおきな夢をもってそれを達成できないとダメージも大きいからさ、手の届きそうな小さな夢をたくさん持っていたほうがいい」みたいな(うろ覚え)ことを言っていて、うんうん、と頷いた記憶があります。

夢ではなく目標。自身の生き方を定め、達成への強制力を持つ、歩むべき指標。

前述、“真珠のネックレスに、大粒のエメラルドペンダントを重ねづけする”のをとしたのは、「私の好みではあるけれど、将来的にそれらを所有できる可能性は低い」というニュアンス込みだからなんですよね。いや、実際、ハイジュエリー購入のプライオリティは、私の人生においては低いし、財力は…言わずもがな、ですし。

財力のある人が語ると説得力あるかも。なんちて。

久しぶりに村上龍サンの著作を買いました。

帯には「大転換期を生きる人の必携・箴言集。」とあります。『夢と目標』の章には、

何か具体的なものを目指す人にとって、実現を図ることは夢ではなく現実。夢という言葉がこれほど流通しているのは、個人的な目標を持つことが人生の大前提だというコンセンサスがない社会だからだろう。

とバッサリ。ヒョーヒョー。

私は若い頃、龍サンLOVEで、本を読むのはもちろん、講演会などにも足を運んだのですが、そのうち間遠になっていきました。いっしょに寝る分にはいいんだけど、相手の体温がなにぶんにも高過ぎて、夜半に目覚めてしまい、そのうち同衾することも少なくなる…といった感じでしょうか。。。お、出た、オットナーの喩え。

この本も、確かに世に流布する考えを切ったり、裏返したり、こっちが真実だ、とクールに説く力に「龍サン、すげー、その通りだよ!」と感服するのだけれど、じゃあ、その土壌で自分が科学的努力を継続し、自己戦略的に過ごすことができるか、といったら、それは別問題であって、気力・体力・知力のないヘタレな私は「なんだかなー」と阿藤快並みにつぶやいてみたりして、ね。まっ、龍サンはおそらく努力しない人間は、一顧の価値もないと切り捨てるでしょうから、そのへんでふて寝しています(笑)。

夢か。でも、子どもたちにはやっぱり持ってほしいな、夢。目標と同義語として。

ここ2週間で読んだ本、他に3冊。現在のお供は、村山由佳・著『ダブル・ファンタジー』。読み応えあります。時間があったら、レビューします。

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こっそり帰還。

いつ、誰から、どんな機会に買って/プレゼントしていただいたものなのかわからないのだけれど、小学校の中学年の頃には、もう手元にあった小さなオルゴール。曲はご存知、チャイコフスキー『白鳥の湖』から「情景」。磁石が仕掛けてあって、バレリーナの人形を置くと、やる気がなさそうに、クルクルとまわる仕掛けでありました。そのオルゴールのフタには、タイルのプレートが貼り付けてあって、やなせたかしさんの詩が書かれていました。

ほほえむことを忘れちゃいけない

涙はいまもこぼれているが、過ぎてしまえば今は昔

思い出しちゃいけない哀しいことを

と、今も私はそらんじることができ、「でもさー、今は昔、って、竹取物語じゃないんだから。コレ、きっと間違えて覚えているなー」とずっと思っていたのですが、チラと調べましたら、「今は昔」でよいみたいですね。スズメ百まで踊り忘れず。

でも、“過ぎ去りし(つらい)コト”を思い出さないようにするには、胆力が要りますよね。

私の場合、仕事でどんなにつらい、しんどいことがあっても、過ぎちゃうとすぐにケロッと忘れてしまいます。このアホーな「忘却力」が、仕事を長年続けられる根基となっているのでしょう。

年度末は働いたぜ、ほんとに。

いつもの月より重量感のある請求書を投函し、「いい気wink」になって、さっそく冷蔵庫をエコ替え(苦笑)しました。スペースギリギリの大きさを選んだため、キッチンに入れるにはドアをはずさなくてはなりませんでしたが、ぴったり収まっておっけーおっけー。フラットな鏡面仕上げで、デザイン的にも大満足。したのもつかの間、なにやら省エネ家電購入で「エコポイント」なるものが実施されるかも~ということではないですか!! まったく間の悪いお話です。

gawk

ずいぶんと間が空いてしまいました。「安否確認」のメールをくださった方もいて、ご心配をおかけしました。すみません。“生存”のしるしに、壁紙を替えてみたりしたのですが、こんどはAmazonのガジエットが消えてしまい、約1名のお得意様からご指摘が…。しばしお待ちください。

ブログって、習慣なんだとつくづく。2カ月も留守にすると、門限を過ぎた寮生みたいに、1階の部屋の窓からこそこそ帰還…という体(てい)ですね。って、書いていて、「門限」ってもはや死語なのではないかと思い至り。死語とはその言葉が死んだわけではなく、遣いこなす側の状況と感受性が変わったということ。その好例ですね。

オ×ジョーの奥さんは、父母から厳しく門限を決められていて、彼は結婚前、それをキチッと守ったというエピソードが思い出されました。門限萌え。オ×ジョー、イイ男だ。映画『ゆれる』の(おいそれとは公言できない)ワンシーンでファンになったみもよです。

というわけで、

ただいま。

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