前回エントリーの「ザ・トレーシー・メソッド2」続けています。
が、内容がとてもキツクて、10回セットのところ2回ぐらいでやめて「トレーシーもようやるよ…」と背中かいたりしていると、彼女(吹き替え)が「そうよ、よくやっているわ」と言ってたりして、後ろめたい気持ちに…。

気象(水蒸気)の関係でしょうか、今日は飛行機雲がたくさんみられました。それも長い間残っていましたから、明日からお天気は下り坂かもしれません。あー、私も機上の人になりたいな。
「基本的に旅暮らしの人なのね」
とは、(確か)片岡義男の小説に出てきたセリフ。
性格的に「旅暮らしの人」にはなれないと思いますが、旅にまつわるものは大好きです。
映画ならロードムービーは必ずチェックしますし、ドキュメントなら“辺境を訪ねる”系、文芸なら紀行文、特にリゾートホテルを特集したムック誌には目がありません(ひところはアマン特集を蒐集していました)。そして今、いちばん欲しいバッグ(スーツケースですけど)は、グローブトロッターだったりします。
『作家の愛したホテル』読了。
1年の3分の2を旅先で過ごす著者のホテルのまつわるお話。「旅はホテルだ」を身上とする私は即買い。
哀しみの通奏低音によって編まれていく静謐かつ流麗な文章、伊集院節。
失礼ながら、話がとっちらかる講演会を拝聴していると「構成力」という言葉を強く思い浮かべてしまうのですが、ご本人が話されていた通り「作家は書いてナンボ」なのでしょう。
伊集院さんは艶福家としても知られますが、旅先でも男女問わずいろんな人から好意を寄せられています。
ホテル側としては上客をもてなすことは当然として、きっとそれだけではない「何か」をお持ちなのでしょう。佇まいや振る舞い、表情からジワリとにじみ出るものが、ある種の人を惹き付けてやまないのかもしれません。非言語コミュニケーションですね。
それに海外の一流ホテルで、いばらずに堂々とするには経験とそれなりの背景(社会的地位とか財力…イヤな言葉ですけど)も必要でしょうし。いや、伊集院さんなら「それなりの背景」なんて要らないとおっしゃるかな。
私としては「作家の愛される理由」を知りたいなと思いました(やめときな、ヤケドするぜ)。

いつも私のネイルを担当してくれるネイリストさんは、おんなひとり旅で、世界中どこにでも行ってしまう勇気りんりんな女性です。かっけー
「へぇ、すごいねー。バックパッカーなんだ」と訊くと、「いえ、フツーに、スーツケースで行きますよ~」という答え。その肩肘張らない様子に感服するとともに、「ひとり旅=バックパッカー」という発想が古くてカタイなーと自分に突っ込み。
彼女が訪れた世界の街の話を楽しく聞きながら、今の私がそういうひとり旅を出来るかなぁと思いをめぐらしました。
身軽に最小限の荷物で旅立ち(まずここから無理だ)、
メキシコのバス旅にもおびえない心臓を持ち(すんごい小心者だし)、
南の島のあやしげな食材をつかった料理にも打ち勝つ胃袋を誇り(胃弱だし)、
「未成年者は帰れ」というイギリスのパブの主人に「ちがうやい!」と楯突き(東洋人は若くみられがち)、
どんなトラブルも乗り切る高度な言語力(絶望的!)と愛嬌(こちらは自信アリ)を備え…むーん
むんむん。
若い頃には、充実した体力や好奇心、探究心にふさわしい旅があるでしょう。
こちらは、冒険よりも保身やリスク回避といった言葉ばかり思い浮かべてしまいます。成熟したのか、つまらなくなったのか…きっと両方でしょうね。予定調和の美しい輪のなかで楽しみたい! みたいな。臆病だわね。
それに「人生の持ち物」が多ければ、軽やかになれないのは当然のこと。
そして「帰る場所があるから」旅立てるオトナに対して、「今いるココが“帰る場所”になってもいい」という無防備さとはっちゃけ感、が若者の旅の特権だし、同時に危ういところだと思います。
……いや、ここまで書いてきて思ったのですが、ひとり旅の志向は、年齢というよりはマインドなんでしょうね。私にはそれがないということです。
若者の旅と大人のそれとの境界が描かれているのはこちら↓
角田さんも旅の人、なんですよね。それもひとり旅。
どうやら私は一人旅をする女性が好きみたいです。